今回登場していたただくプロ格闘家はプロレス団体・バトラーツ所属の元プロレスラーの澤宗紀選手です。バトラーツといえば、PRIDEで一世を風靡したアレクサンダー大塚選手が所属していた団体です。澤選手は、そこで「ランジェリー武藤」という「キャラものレスラー」で人気を集めたプロレスラーです。

 

 

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Qプロレスラーという職業を選んだきっかけは?

 もともとレスリングをやっていて、友達と18歳の時にアマチュアバトラーツという大会に出場しました。そこで最優秀選手賞を受賞し、当時の石川雄規社長より「数年後、きみとタッグをくんでいる気がする」と言われたました。殺し文句ですよね~。そんなこと言われたら入団するしかないですよ(笑)。

 

Qバトラーツに入団し生活できていたのでしょうか?

 バトラーツ入団前は、アルバイトをしていましたが、入団後はバトラーツの正社員になりアルバイトも辞めました。当時、バトラーツは別会社が運営をしており、業務内容が飲食、ジム経営、興行を柱に経営をしていました、僕はその運営会社の社員でしたので全てに関わっていました。ちなみに、この3つの事業は1つの建物でやっていたましたので、それが可能でした。そして、バトラーツ以外にも他団体に上がっていたので、その収入もありました。一応、その収入で給料で生活はできていましたよ。

 

Q現役中に引退のことは考えてましたか?

 常に考えていました。入団したその日から考えていました。具体的に何をするかは考えていませんでしたが…。

 

Q32歳で引退したきっかけは?

 特に引退年齢は決めていませんでしたが、僕自身は、自分を「短距離ランナー」だと考えていました。レスラーにも2つのタイプがあると思うんですよね。ジャイアント馬場さんや長州力さんのように雰囲気で独自の世界観を作れるプロレスラーは「長距離ランナー」で長く続けられるんだと思います。しかし、僕は絶対にそのタイプではなかった。だから僕は、自分の体のキレが少しでも衰えたら、すぐ引退しよう!と決めてました。

 しかし、そうは言っても…バトラーツがなくなってしまったということが引退の大きな理由でもあります。僕は正直、プロレスでお金を稼ぎたい!という気が無かったんですよ。バトラーツもしくは、他団体で試合をしてバトラーツを観たことない人にバトラーツの存在をアピールする事が楽しく、何より快感だったんです。

 

Qランジェリー武藤を考案したのは誰?

 自分で無許可ではじまめした(笑)。当時、肖像権だとか全く考えてませんでしたよね。しかし、武藤さんはとても心が大きくて怒っていることなく、逆にお誕生日パーティーに呼んでいただけるくらい可愛がってもらっていました。そこで、僕がランジェリー武藤でケーキ運ぶみたいな・・・。もともとがプロレス世代なので、そのような大物レスラーと絡めたことは、いまとなっては本当に財産となっています。ちなみに、ランジェリー武藤とは、どこを殴られても膝が痛いというキャラでした(笑)。

 

Qプロレスをやっていた良かった思うことは何ですか?

 巡業で各地を回って、いろいろな人と繋がりができたことです。この仕事の醍醐味ですよね。でも、いろいろな土地に行きましたが、その土地の体育館しか知りません。観光地に行ってないんですよね。そして、東北の被災地に巡業に行ったときのことなんですが、ある被災者の方で震災のショックで声が出なくなってしまった人がいらっしゃったんです。しかし、その方が僕のランジェリー武藤の姿を見て声をだして笑ったということ後から聞きました。それは、もう「プロレスやってて良かった!」と思いましたね!あと、タレントの小池栄子さんに「いい試合だった」いわれたときですね(笑)。

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 お話しを聞いていて強く感じたのは「バトラーツ愛」です。プロレスでお金を稼ぐという気よりも、とにかくバトラーツという団体が大好きでバトラーツのために働きたいとい思いをヒシヒシと感じました。まさしく「戦う営業部長」ですね。そして、澤さんは引退した今、現役時代を振り返って面白い表現をしていました。「例えて言うなら、自分のなかでバトラーツ時代って「笑っていいとも」のTV観戦をしてて、気づいたら自分がその舞台に立っていて、またTVの前に帰ってきた感じなんですよ」。この表現からも本当にプロレスラーという人生を駆け抜けたんだな…という感じが伝わってきました。

 

 

 澤さんは引退した今は普通のサラリーマンをされています。再就職先で年下の社員も数多くいるなかでうまくやっているようです。注意されても素直に聞ける心をもっているからこそ働ける。この「素直な心」こそ大事だと思います。そして、お話しを聞いていて澤さんの一番凄いと思ったとことは、「自分は短距離ランナーである」と自己分析ができているということでした。これはプロスポーツ選手にとって大切なことだと思います。常に自己分析をして、周りの環境の変化に合わせていく…それはどの世界でも大切なことですよね。

 

 

 

 

 

 

 つまり、ダーウィンの進化論「強いものが生き残るのではなく変化できるものが生き残るのだ」ということですね。今回の澤さんのインタビューを通じて、プロスポーツ選手のセカンドキャリアで大切なことは、ダーウィンの進化論にもヒントが隠されている・・・と思いました。澤さん、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

2012年11月19日(月)
FP社会保険労務士事務所 柔コンサルティング
代表 平野 厚雄